自分の答えをもつ大切さ

日常の中には「なぜ?」や「謎」などわからないことが多くありますよね。そんな時あなたなら「ネットでポチポチ検索する」「自分の頭で考える」どちらの行動をとりますか?
少し前の私は誰かに聞くか、スマホを出して検索をしていました。仕事をしていて「わからない」と思うと「知ってる人に聞こう」と誰かを頼り、「起業して疑問にぶつかっても誰かの知識を参考にしよう」とネットで調べる。これが日常だでした。

ですが、色々な壁にぶつかった時に「誰か」の知識で答えを出すのではなく、「私」で考え答えを出さなくてはと思い始めました。「自分で考えるだけでしょ。すぐに答えなんて出てくるよ」そう思っていたのですが、全く出ない。その時になってようやく「私は自分の力で答えを出してこなかった」のだと気がつきました。

そこでふと思ったのがスマホが出る前のこと。10代、20代はどうしていたかなと。学生の頃は、雑誌、重たすぎる辞書で調べたり友達に聞いていました。今よりすごく時間がかかる。場所も限定されて家か学校かでしか調べられない。今のスマホしか知らない世代なら「面倒すぎる。時間がもったいない」そんなふうに思うのかもしれません。

でも、もしかしたら少し面倒な方が自分の頭で考えられていたのかもしれません。辞書で調べていると、調べていない言葉が目に入り気になり読んでみると必要だった。調べられる場所に辿り着くまで頭の中でずっと考え続けてる。ちょっ手間のかかる方が思考を巡らせていたように思います。わからないことがあればすぐにに簡単に調べられものに頼ってしまいます。しかし一旦は自分で考えられるところまで考えてみる。自分で答えを出してみる。そこから、誰かに聞いたり検索してみると「そんな考え方もあるのね」と知識の幅や想像が広がるのだと思います。

自分で答えを出そうとすると、「間違っていないかな?」「誰かに否定されないかな?」「あの人の意見がすごくて負けてる」そんなことを考えていました。でも実際は共感してくれる人が増え出会いたい人と出会えるようにまりました。「わからないこと」に対して向き合ってみると「私」を知る訓練になるような気もしています。